e・パーセル電子宅配便 - イーパーセル株式会社

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2014年12月4日 『山陽新聞difital』記事要約

岡山エリア
  【おかえりなさい】北野譲治さん

世の中の政治、経済の仕組み、家族やコミュニケーションの価値観が大きく変わっても、「ふるさと」の持つ包容力は変わらない。中央の政界、経済界で活躍する人も、ふるさとに帰り、友や家族らと語らい、エネルギーを充電して第一線にまた戻っていく。忙中閑に帰郷した岡山県にゆかりが深い政財界のトップらに会い、ふるさとへの思いや中央での活躍ぶりなどについてインタビューする。トップバッターは「米国グーグル社に勝訴した日本人ビジネスマン」で一躍注目を集めたイーパーセル(東京)社長の北野譲治さんに登場してもらった。
(おかやま財界)

 

―おかえりなさい。今回の帰郷の目的は。

「備前市穂浪の出身で、たまたま備前市内で備前焼作家のイベントがあるので来ないかと誘われ、3泊4日(11月下旬)の日程で帰郷した。ふるさとには両親がまだ健在で年に1回は帰っている。 帰郷のもう一つの目的は、京都の禅寺を中心に寺社巡りをするため。自分自身が十数年来、座禅に心酔しており、東京でも月に2~3回は禅寺に通っている。京都の寺は夏と年末の2回、和尚さまへのごあいさつに伺っている。今回も清水寺、相国寺、建仁寺、大徳寺など、禅宗のお寺を中心に駆け足で参拝してきた。 禅は『垢(あか)』を落とすという。この垢とは金、名誉、わずらわしい人間関係などをいうが、ビジネスをする上で垢が付くと正しい判断や行動ができない。なるべく打算や欲を排除して無欲になって決断することが、ビジネス成功の条件だと思っている。 備前を離れてかれこれ30年以上になるが、実家のあるところは耐火煉瓦のまちで、家のすぐ前が海だった。子どものころはすぐ近くの海で泳いだり、とれたての魚や野菜がおいしかったことをよく覚えている。県立朝日高校に毎日電車通学していたことが懐かしい」

 

―現在の会社を設立して16年になる。設立までの経緯を。

「大学は畑違いの早稲田大学理工学部の建築学科だったが、仲間が大手ゼネコンなどに就職していった中、自分はサラリーマンになる気は全くなく、たえず独立を意識していた。 学生時代から多くのアルバイトを経験し、やり方一つで結果が変わるビジネスの面白さは分かっていた。最初から永久就職のサラリーマンには興味はなく、初めての仕事は当時の大東京火災海上(現・あいおいニッセイ同和損保)の契約社員を選んだ。契約期間の5年間は営業で走り回り、1年目で社長の給料に届くぐらいの成績を上げた。 それで28歳から一応独立して損保のブローカーとしてやってきたが、2000年に友人の紹介で当時、米国・ボストンに本社があったイーパーセル社の日本人技術者のトップに出会い、日本法人の設立に参画することになった。 それから4年後の2004年に日本法人の代表を任されることになった。ボストンの本社はITバブルの余波を受けて撤収し、結果的には日本法人に業務を集約した」

 

国内外の6300社と電子宅配契約

―イーパーセルの業務内容は。

「一口でいうと『電子宅配便』というか、あるいは『ネット上の国際物流会社』といってもいい。顧客が持っている秘匿性の高い大容量データをネット上で安全、確実に配送する電子物流サービスを提供している。これまでCADをはじめ、大容量のデータの伝達は、安全性や確実性を重視するため、DVDなどのファイルに書き込んで配送するケースが多かった。そうなると物理的に相手先に情報が届くまでに日数がかかり、書き込みや発送などの煩雑な作業が必要で、人件費をはじめコストも高くなる。

当社のサービスを利用すれば通信環境が劣悪な東南アジア諸国、南米であろうと確実にネットで送信できる。特にアジア地域に工場などを進出している国内企業の出先との相互のデータのやり取りに適している。今は国内の大手をはじめ世界で約6300社と契約を結んでおり、当社のブランドはグローバルスタンダードになりつつある」

 

―電子配送システムを支えるコアな技術とは。

「特許案件なので詳しくは言えないが、やはり劣悪なネット環境の地域にも情報を安全に確実に送る世界最高水準のセキュリティーを独自の技術で開発したことに尽きる。もう少し分かりやすく言えば、送るデータを暗号化して秘匿性を確保し、通信経路にデータのコピーを残さない、通信中の回線遮断時にも自動再送機能が働き、データを回復させる。この特許を開発したのが当社米国法人を創業した日本人技術者で、彼はかつては防衛産業のレーダー開発にも関与していた。米国での最初の顧客は、あの大手投資銀行グループのリーマンブラザーズ証券だった。リーマンブラザーズが名もないベンチャーの当社を選んでくれたことは驚きだった。日本ではありえなかったかもしれない」

 

米国グーグル社を特許侵害で提訴

―北野さんが社長になって2011年4月に米国での特許が侵害されたとして米国企業13社を提訴した。訴訟に持ち込んだ最大の目的は。

「訴訟相手はグーグル、ベライゾンなど通信・情報関連の大手のIT企業ばかり。訴訟の段取りや係争中の煩雑な作業で本当に大変だった。結果的には13社中12社とライセンス契約を結び、実質勝訴した。当時は『グーグルを訴えた日本人』として米国や国内のビジネス誌などに大きく取り上げられ、僕の性格をよく知っている昔の仲間からは、何でお前が…と、びっくりしていましたよ。実は12社からライセンス料をいただいても、勝訴までの段取りや苦労を考えれば、そんなに得をしたとは思っていない。本当のところの訴訟の目的は当社のグローバルスタンダードを世界に、特に日本のマーケットに浸透させることにあった。日本の企業は欧米が認めた製品をグローバルスタンダードと思い、なかなか私たちのようなベンチャーを認めてくれない風土がある。それなら世界を代表するIT企業の製品やサービス技術に当社の特許が使われていることを証明すれば、われわれがグローバルスタンダードになれると。効果は予想通りで当社の名前は一躍世界に知られ、取引を希望する企業からの問い合わせが殺到した。ブランディングとマーケティングの戦略は一応成功したと思っている」

 

ベンチャー成功の秘訣は独自のマーケット開拓に

―若手のベンチャー起業家に伝えたい成功の秘訣(ひけつ)とは。

「グローバル化やスタンダード化の影響を限りなく受けない、つまり大企業がまねできない製品、技術の開発が絶対条件になる。技術を特許として資産化すること。事業化を成功させるためには、当然ながら売り上げを伸ばし、利益を上げることが必要だし、そのためには独自のマーケットを切り開くことが必須の条件になるだろう。当社の場合は電子物流事業という世界初の産業創出にチャレンジし、マーケットを広げてきた。売り上げは公表していないが、利益率は40パーセントという高収益体質になっている。普通の会社は売り上げを倍にすればコストもほぼ倍になるが、当社は借り入れがゼロで資産の償却も終わっている。お客が増えてもソフトのキャパは十分にあり、トラブルが増えないのでランニングコストはほとんど変わらない。だから高収益を持続できる。皆さんが驚くのだが、当社の従業員は私を含め、わずか8人。うち技術職が4人で営業のマネジメントは私を含め2人しかいない。ほとんど人件コストは増えていない」

「もう一つのベンチャー成功の条件は手掛ける事業が一日一日と確実に進化し続けること。他社、特に大手からの侵入を防ぐためには、参入障壁が時間とともに確実に高くなっていかねばならない。多くのケースでベンチャーが失敗するのは、せっかく開拓したマーケットを大企業の資本の理論で食い荒らされてしまうから。大資本が追い付けないレベルまで技術、製品の障壁を高くしていかないと生き残れない。日本での起業を促す環境も人材、資金の面で欧米に比べ相当条件が厳しい。人材、資金の流動性をもっと促進するような制度的な仕組み、規制緩和が必要だと思う」

 

北野 譲治氏(きたの・じょうじ) 1962年備前市穂浪生まれ。地元の小、中学校を経て朝日高卒。大学は母方の実家が宮大工だったこともあり、早稲田大理工学部建築学科に進学。86年同大卒業と同時に大東京火災海上に契約社員として勤務。5年後に損保特約店として独立。2004年に電子国際物流会社・イーパーセル社長に就任。

会社概要

 

(山陽新聞difital / 2014年12月04日 16時25分 更新)

 

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